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更新日:2019.10.25

花々を見て「きれいだね」と声を掛けてもらえるのが日々のやりがい!|酒井省吾さん・礼子さん【インタビュー】

市民活動に取り組む団体には、状況を整理して舵取りをする人、実行部隊として目的を着実に遂行するのが得意な人、ユーモアでみんなを和ませるムードメーカー、ピンチの時には、スポット的に手を貸してくれる存在も現れたりと、色々な人が関わって成り立っていることが多くあります。

それぞれの人たちが、自分の生活の中で活動に充てられる時間や能力を提供し、様々な形で関わっています。

では、実際にどんな人が、どのように活動に関わっているのでしょうか。
活動を支えている「あの人」を訪ね、活動の実際のところをアレコレ伺ってきました。

 

今回ご紹介するのは、山古志に訪れる人々を花いっぱいの丘で迎える父娘、酒井省吾さん・礼子さん親子です!

 


 

 

花々を見て「きれいだね」と声をかけてもらえるのが日々のやりがい!
/酒井省吾さん・礼子さん

 

山古志の景観スポットとして知られる金倉山中腹の「薬師の陵(おか)」。雪深い冬が終わると、色とりどりの草花が一斉に咲き誇り、棚田と養鯉池が点在する里山の風景を彩ります。


▲多くの人々の手助けもあるが、傾斜地の作業は人も機械も危険が伴い、美観を維持するのは難しい。

 


この花畑を管理しているのが元山古志村長の酒井省吾さんと長女の礼子さんです。酒井さん父娘は、生まれも育ちも山古志の虫亀集落。薬師の陵の整備を始めたのは、2004年の中越大震災の後から。2年に渡る避難生活を経て、まずは損壊した自宅の修繕、次にその周辺の養鯉池の改修などを行い、その後花畑の方まで少しずつ手を広げていったそうです。


「この丘は山古志の中心部が見渡せ、人々の暮らしの息遣いが感じられる大事な場所。震災で先祖代々の土地が荒れ果てた様子を目の当たりにし、80歳を前にした自分に何ができるかと考え、花を植えはじめました」と省吾さん。しばらくすると、この場所が山古志の景勝地として口伝いに広がり、今では多くの方が訪れるまでになりました。

 

「観光客やカメラマン、山古志に縁のある方が次々に訪れ、きれいだねと声を掛けてくれるのが日々の励みとなっています」と礼子さん。省吾さんも「コツコツとやってきたことが十数年たち、まあまあ形になって、人々が訪れるようになったことはやっていて良かったと思いますよ」と続けます。

 

2015年、薬師の陵は長岡市都市景観賞を受賞しました。ここ数年は地元の方や地域団体、企業、行政の方も手伝いに来てくれるようになり、次第にみんなのものになりつつあります。

 

「薬師の陵を通じて大勢の方々と出逢うことができた。それが私たちの宝ですね」。


 

山古志に訪れる人々を花いっぱいの丘で迎える父娘、酒井省吾さん・礼子さん親子は、らこって2019年10月号でご紹介しています。