2020.09.25

秘訣は「ぼちぼちマイペース」。ひとりの恩返しから始まる、細く長い地域活動|砂川祐次郎さん【インタビュー】

市民活動に取り組む団体は、状況を整理して舵取りをする人、実行部隊として目的を着実に遂行するのが得意な人、ピンチの時にはスポット的に手を貸してくれる存在も現れたりと、色々な人が関わって成り立っています。それぞれの人たちが、自分の生活の中で活動に充てられる時間や能力を提供し、様々な形で関わっています。では、実際にどんな人がどのように活動に関わっているのでしょうか。活動を支えている「あの人」を訪ね、活動の実際のところをアレコレ伺ってきました。

 

今回ご紹介するのは、“川口に惚れて根を張る移住者”砂川祐次郎さんです!

 


砂川祐次郎さん
何でも屋/竹田元気づくり会議、くらしサポート越後川口 など
1971年埼玉県川口市生まれ。専門学校を卒業後、数年間関東でサラリーマンを経て、1997年に川口町(当時)の竹田集落へ移住。


 

秘訣は「ぼちぼちマイペース」。ひとりの恩返しから始まる、細く長い地域活動|砂川祐次郎さん

 

「温泉入ってお酒飲んで、歩いて帰れる。こんないいところは無い」と一目ぼれして、埼玉の川口から長岡の川口町へ移住してきた砂川祐次郎さん。川口地域にある全7世帯の竹田集落に住み、ソトを意識できる移住者の視点と、集落の人と腹を割って話し合える地元住人の立場を併せ持った、集落の未来に欠かせないキーマンとなっています。

憧れの田舎暮らしを堪能していた砂川さんが、地域活動に深く関わるきっかけとなったのは2004年の中越地震。「移住してきて何もわからなかったときも世話を焼いてくれたのですが、震災直後に助けてもらったときにこの地域の人たちの力強さを実感しました」。徐々に復旧が進み、川口全体で復興の機運が高まると、「これまでお世話になった地域の人たちの力になれれば」と、様々な活動に参加するように。その姿勢が信頼を集め、これからの地域づくりを考える「竹田元気づくり会議」の代表を任されました。震災後は町に復興予算が組まれ、竹田集落にも「地域おこしに何かやってみない?」と提案が来たこともありました。しかし、砂川さんは「一時的に頑張っても続かないじゃないですが。モットーは無理せずぼちぼちと」と、大々的な事業には手を出さない決断をして、集落活動を舵取りしてきました。


▲2009年から毎年企画している「竹田かんじきウォーク」。自然いっぱいの竹田集落をもっと多くの方に楽しんでもらうため、“無理せず”企画運営している。

そんな砂川さんの活動の特徴は、関係人口増加と、雪国の景色を堪能するため2009年から続けている「竹田かんじきウォーク」、集落の出来ごとを集落のみんなに伝えるために発行するフリーペーパー「ぼちぼちたけだ」など、決して派手ではないですが継続力のある点。予算があってもなくても地域での暮らしは変わらないと、長い目で見て地域に必要なことをできる範囲で行っています。「継続の秘訣はやっぱり『ぼちぼち』。移住や震災のときにもらった恩を私なりのやり方で、マイペースに返し続けていきます」。

 


本記事は、らこって2020年9月号でご紹介しています。