2023.03.20

【特集】地域の“とくべつ”を守る市民のチカラ

 グローバル化によって、文化も言語も気候も何もかもが違う国の人たちが、気が付けば同じような服を着て、同じようなスマートフォンを持ち、同じような食べ物を食べている現代。万人受けする商品やサービスに価値を置く市場経済の中で、一部の人にとって特別なものはその価値を忘れられつつあり、そのひとつが地域文化です。今回は、自分たちの地域に根ざした文化を後世に残すために活動している2つの市民活動団体に話を聞きました。

団体同士のタッグで守る~越後ながおか語り座ネット~

「越後ながおか語り座ネット(以下、語り座ネット)」は、長岡市内を中心に日頃から「語り」や音声表現の活動をしている5つの団体※で構成されるネットワークです。互いに協力しながら地域文化の発信を行うこと、そして長岡市の民俗学研究者・水沢謙一氏が生前に収集していた昔話を語り継いでいくことを目的に結成し、一ヵ月に一度アオーレ長岡で定期公演を行っています。

※紙芝居塾(ながおか紙芝居ドン!パラリン!)、わらべ唄あーそーぼ、瞽女唄ネットワーク 葛の葉会、長岡民話の会、朗読 つどいの言の葉

昔話で感じる「地域と自分のつながり」

 長く語り継がれてきた昔話には、私たちと同じ土地で生きてきた先人の生活の様子や知恵、教訓が詰まっているそう。メンバーの堤 貞子さんはこう話します。「歴史上語り継がれるのは、武将や政治家など表に立ってきた人たちですが、昔話に描かれているのはその時代に生活していた“普通”の人たち。外の世界は昔と比べると大きく変わりましたが、人間は変わっていないと思うのです。そう考えると、昔話に込められた知恵や教訓は、現代を生きる私たちにも通ずるところがあるのではないでしょうか」。
 また一般的な昔話との大きな違いのひとつは、その舞台が「日本のどこか」ではなく「自分たちが今住んでいる場所」であること。例えば、腕のいい熊撃ちだった弥三郎(やさぶろう)のおばあさんが恐ろしい鬼になってしまう物語「弥三郎鬼婆(やさぶろうばさ)」で、鬼になったおばあさんが逃げ込んだ山は、旧・北魚沼郡に実在する山だと言われています。メンバーの杉坂 明子さんは「その土地に伝わる昔話を聞くと、私たちが生きている今の地域に脈々とつながる歴史を感じることができます。大人が聞けば、子どもの頃の原風景とリンクし、自分が育ったまちを思い出すのではないでしょうか」と話します。

語り座ネットの設立を記念して行われた公演。長岡リリックホール・シアターで所属する全5団体がそれぞれの語りを披露しました。

団体同士の総合力で地域文化を守る

 語り座ネットは、水沢氏が生前に集めた昔話をはじめとする長岡市の地域文化がこのままでは衰退してしまうという危機感から、語りや口承文化を生で聞いてもらえる機会を増やそうと結成されました。一緒にイベントを開催することで、集客率が上がるだけではなく、お客さんに色々な種類の語りを届けられたり、お互いに学びになったりというメリットがあるそうです。また定期開催しているイベントの企画運営は、各団体が交代で担当しており、イベント開催にかかる負担を軽減できるという側面もあります。似た分野で活動している団体と協力し合うことは、地域の伝統文化を守る上で効果的な手段のひとつかもしれません。

アオーレ長岡で行われている定期公演。所属している5団体が持ち回りで企画や運営、語りの披露を行います。

伝統を守るために変化を受け入れる~山古志角突き女子部~

 「山古志角突き女子部(以下、女子部)」は、山古志の伝統行事「牛の角突き(以下、角突き)」を、女性の目線を活かしたグッズ販売やイベント企画で盛り上げている団体です。角突き好きが高じて自身も牛を持つようになった代表の五十嵐明子さんが、角突きには意外にも女性ファンが多いことに気づき、女性目線で角突きをPRしたいと団体を結成。以来、小学生から70代までの県内外に住むメンバーで活動しています。

地域に対する誇りと人とのつながり

 角突きの魅力の一つは、牛がぶつかり合う音や牛に触れる感覚、牛の匂いなどの「五感で感じる非日常」です。角突きには現代の日常生活にはない感動があると五十嵐さんは言います。「角突きには、五感を揺さぶられるような感動があります。子どもだった頃、私自身が田舎で育ったため、田舎には何もないし、つまらない場所だと思っていました。でも、それは私が魅力に気づいていなかっただけ。山古志の子どもたちには『こんなにすばらしい伝統が自分たちの地域にはあるのだ』と誇りに思っていてほしいです」。
 そしてもう一つは牛を通した人とのつながり。女子部ができる前から山古志闘牛会に関わっているメンバーの関さんは言います。「年齢や性別に関係なく、初対面でも『牛が好き』という共通項だけでわかり合える感覚があります。このつながりによって山古志を訪れる人が増え、地域の活性化につながってほしいと思っています」。

角突きの日に出店している女子部のテントには、 Tシャツやバッグなど牛をモチーフにしたかわいらしいグッズが並びます。

「変える・変えない」のバランス

 数百年あるいは千年の歴史があると言われている角突きは元々男性が仕切っていた行事でしたが、女子部の誕生により、広報や運営補助に女性が多く関わるようになりました。五十嵐さんによると、同じ「牛の角突き」を見ていても、性別によって魅力を感じるポイントが違うそう。女性が広報に関わることで新たな角突きの魅力を発信できているのではないでしょうか。また関さんによると、ここまで女性が角突きに関われるようになったのは、山古志闘牛会に変化を受け入れる勇気があってこそ。「これまで運営してきた方たちが大切にしてきたものを守りながら、お互いにリスペクトをもって関わっている」そうです。また五十嵐さんによると、同じ「牛の角突き」を見ていても、性別によって魅力を感じるポイントが違うそう。女性が広報に関わることで新たな角突きの魅力を発信できているのではないでしょうか。伝統を守っていくためには、しきたりに固執せず、外部の人やアイデアを受け入れていく姿勢が大切なのかもしれません。

おそろいの女子部オリジナルTシャツを着て、角突きを見守るメンバーたち。

地域の “とくべつ”を守っていくためには

 自分たちが住んでいる地域にしかない文化は「私が住んでいる地域には、これがある」というお金では買えない誇りや、同じものを大切だと思う人たちとの深いつながりを与えてくれるもの。他の場所にはないからこそ価値があり、他の場所の人では守れないからこそ私たちが守っていく必要があるのです。まずは、イベントに足を運び、あなたが住んでいる地域の文化に触れてみませんか。そこには先人たちが残した、自分たちだけの”とくべつ”との出会いがあるかもしれません。

 


本記事は、らこって2023年3月号でご紹介しています。