
ながおか市民協働センターがお届けする、地域で活躍する「人」に焦点を当てたインタビュー。今回は、大手通商店街振興組合青年会の会長であり、デザイン事務所「はくちょう計画」の代表を務める中島遼さんにお話を伺いました。
華やかなイベントの裏側にある「日常の大切さ」や、一度キャリアが止まったからこそ見えてきた「仕事以外のつながり」の重要性などについて、お聞きしました。
中島さんのインタビューはYouTubeでもお楽しみいただけます!
記事にできなかったお話もたくさん。ぜひご視聴ください。
建築への憧れから、長岡へのJターンまで

ーーまずは簡単に自己紹介をお願いします。
中島 遼さん(以下、中島): 柏崎市出身の41歳です。25歳で長岡市にJターンして、もう17年ほどになります。現在は「はくちょう計画」という名前で、グラフィックや場作りを中心としたデザイン事務所を運営しています。それと並行して、地元である柏崎市の「NPO法人aisa(あいさ)」というまちづくり会社にもスタッフとして参加しています。
仕事の傍ら、長岡駅前の大手通商店街の青年会長や、米百俵まつり、長岡ウィンターフェス(旧雪しかまつり)の実行委員会などの活動にも携わっています。
ーーもともとは建築を学ばれていたんですよね?なぜ建築の道へ?
中島: 小さい頃に親から与えられたガウディの絵本がきっかけですね。実は母方が魚屋だったので、一時は板前にも憧れていましたが(笑)、結局は建築デザインの道を選びました。東京の大学や研究室では、巨大な公園や公共施設などの設計にも携わり、刺激的な日々を過ごしていました。
ーーその後、なぜ新潟に戻ろうと決めたのですか?
中島: 8年ほど東京にいて、実は就職先も一度は決まっていたのですが、満員電車がどうしても苦手で……。冬の湿気混じりの混雑に耐えられず、東京で働くのは無理だと思ってしまったんです。それで「新潟で建築デザインの仕事はできないか」と探し始めました。当時は地方でクリエイティブな仕事ができるのか不安もありましたが、縁あって長岡の設計事務所に就職が決まりました。
商店街との出会いと、人生の大きな転機

ーーそこから、どのように商店街の活動に関わるようになったのでしょうか。
中島: 勤めていた事務所が大手通りのアーケードの設計に関わらせていただいて、先輩が参加していた商店街の活動を手伝うようになったのがスタートです。
それまでは自分の仕事に没頭するあまり、それ以外の社会をあまり見ていませんでした。でも商店街に入り、日々お店の人たちと接する中で、生活に紐づいたいろいろな仕事の存在や多様な考え方があることに気づかされました。
ーー中島さんのキャリアの中で、30代半ばに大きな転機があったと伺いました。
中島: はい。30代半ばに体調を崩し、仕事を辞めさせていただきました。1年ほどは体調が悪く、妻に支えられながら生活を送っていました。キャリアが完全にストップしてしまった時期です。
ーーその苦しい時期に、商店街の方々とのつながりはどうなっていたのですか?
中島: 仕事の関係で参加していたので、退職と同時に「もう辞めます」と伝えたのですが、商店街の人たちは「席だけでも残しておいて、来れるようになったらでいいから」と言ってくれたんです。その後も、「最近どう?」とか飲み会の誘いや、「今度のホコ天出ない?手伝ってよ」と、やわやわと声をかけ続けてくれました。
ーーそれは心強かったですね。
中島: 本当に嬉しかったです。久しぶりに顔を出した時も「大丈夫?」と自然に受け入れてくれて。「大丈夫です~」とか返したりして。自分から意図的にそういう「戻れる場所」を残していた訳ではないですが、心配してくれる人たちがいるという安心感が、当時の自分の支えになっていたように思います。
「信頼」を積み重ねる、細く長く続くまちづくり

ーー商店街での活動は、今のお仕事にもつながっていますか?
中島: デザイナーとして独立して5年ほど経ちますが、商店街の活動は今もほとんどボランティアとして続けています。ただ、活動を通じて出会った人たちが、回り回って仕事のクライアントになってくれることもあります。「信頼貯金」というか、長くその場所に居続けることで積み重なった信頼が、結果的に仕事に繋がっていると感じます。
ーー「信頼貯金」ですか。
中島: まちづくりの仕事って、すぐに成果が出たり、変化がわかったりするわけではない、けれど「細く長く」続く活動です。ずっとその場所に居続けること。それ自体が、地域における信頼や安心に繋がっていくのだと気づきました。
ーーウィンターフェスなど、多くの人が関わる場をまとめる際に大切にしていることはありますか?
中島: 「まとめよう」とは思っていないんです(笑)。大きなイベントに関わる方々は実績もあるし、想いが強い方も多いので、意見がぶつかることもあります。そんな時は「みんなの目的は何だっけ?」という点だけを確認するようにしています。
必要に応じて間に入って色々な世代の意見を繋ぐ役割でありたいですね。
どっちも大事だから、どっちもやる

ーー中島さんにとって、仕事と地域活動はどのようなバランスなのでしょう。
中島: 「どっちも大事だから、どっちもやる」というスタンスです。
お金を稼ぐための仕事は、生活に不可欠です。でも、仕事がうまくいかない時に自分を認めてくれるコミュニティがあることも、同じくらい大切だと思っています。
自分の場合、商店街がそういう場所になってくれました。
仕事の肩書きだけではなく、そこにいる一人の人間として受け入れてもらえる。そういう場所があることの大切さを、自分自身の経験から感じています。
ーー最後に、今後の展望を教えてください。
中島:まずは、自分に関わってくれている人や、身近にいてくれる人たちを、何より大切にしていきたいですね。
その人たちが、やりたいことを気持ちよく、楽しくやれていること。あるいは、それぞれの仕事が順調に進み、うまくいっていること。そんな姿を見たいですし、周りのみんながそうなってほしいな、と願っています。
そうやって前向きに活動している人たちのすぐそばにいて、自分にできることがあれば、そっとお手伝いをしていきたい。そんな関わり方を、これからも続けていけたらいいなと思っています。

中島さんのインタビューはYouTubeでもお楽しみいただけます!
記事にできなかったお話もたくさん。ぜひご視聴ください。