孤独という病とその処方箋ー市民活動は誰かの薬になるー
「孤独の世紀」がやってきた
新型コロナウイルスの流行により、社会問題として注目されるようになった孤独・孤立。
経済学者のノリーナ・ハーツ氏が「21世紀は孤独の世紀」と警鈴を鳴らすように、孤独・孤立は世界的に深刻な問題となっています。日本政府は2021年2月、世界で2番目に孤独・孤立対策担当大臣を任命し、内閣官房に対策室を設置。
政府が初めて行った孤独・孤立に関する実態調査ではおよそ3人に1人にあたる36.4%が「孤独感がある」と回答する驚きの結果が報告がされました(※1)【図1】。
今や、孤独・孤立は社会的弱者に限らず誰にとっても身近な問題となっているのです。
孤独・孤立は何が問題なのか?
うつ病、孤独死、自殺、虐待、ひきこもり、格差、高齢者犯罪…など、多くの社会問題の背景には孤独・孤立があると言われています。
さらに、社会とのつながりが少ない状態は、喫煙や、過度の飲酒、肥満よりも死亡リスクが高く(※2)、脳卒中、心臓病(※3)、糖尿病(※4)などの発症リスクも高めると複数の研究で指摘されています。
社会の中での居場所の有無が健康格差につながっているのです。
また、居場所の数が多い人ほど生活の満足度が高いという調査(※5)もあり、人々の幸福度とも直結する問題と言えます。
世界で一番孤独な日本?
なぜ世界的に孤独・孤立が深刻化しているのでしょうか?
原因と言われているのはグローバル化や技術革新による雇用・働き方の変化、都市化、オンライン化、スマホ・SNSの普及によるコミュニケーション手段の変化などです(※6)。
これらは「人とのつながりがなくても支障がない」ほど、便利で快適な暮らしをもたらしてくれました。
その一方で、地域コミュニティや年中行事など、暮らしの中で育まれてきた人との関わりは著しく減少。
いつのまにか「普通に生きていると気づいたら一人ぼっちになってしまう社会」となっています。
日本は国際的に見ても孤独・孤立が深刻です。
日本はOECD加盟国20か国の中で家族以外との交流がない人が最も多く(※7)、寄付・人助け・ボランティアについて調査した『世界人助け指数2021』でも114カ国中最下位でした(※8)【図2】。
自己責任論が強いと言われる日本社会の空気も、こうした問題に悪影響を及ぼしていると考えられています。
必要なのは「社会的処方」
こうした問題への対応策としてイギリスが先進的に取り組むのが『社会的処方』です。
これは地域活動やNPO活動そのものを「薬」に見立て、「患者さんの問題を、薬の処方ではなく、『地域とのつながり』を処方することで解決する」(※9)という考え方です。
孤立の要因を分析すると①会話の欠如(困ったときに頼れる人がいない)②受領的サポートの欠如(困ったときに頼れる人がいない)③提供的サポートの欠如(反対に自分を頼ってくれる人がいない)④社会参加の欠如(町内会やボランティアなどに参加していない)の4つがあるそうです(※10)。
注目したいのは③の人は「頼ってくれる人がいない」ことで「社会から必要とされていない」と感じるということ。
人間関係の豊かさや自己肯定感を保つためには、サポートを受けるだけでなく、提供する側になることが重要だからこそ、地域活動やNPO活動が「薬」として有効なのです。
長岡のNPO・市民活動
長岡市には、『社会的処方』の受け皿となれる活動が多数あります。
協働センターに登録するNPO・市民活動団体は432団体(※11)。
その他にも、地域に根づいたサークルやボランティアが活発に活動しています。
活動に参画することが生きがいにつながっている人たちもたくさんいます。
もともと内向的な性格だったという光野颯斗(こうのはやと)さんは学生時代に子育てボランティアに挑戦したことが自分を好きになるきっかけになりました。
「『ありがとう』と言われると、自分の存在が認められたような気がして自己肯定感が高まりました。もしボランティア活動をしていなかったら、家にこもり就職もしていなかったかも」と言います(※12)。
子育て中に社会から取り残されている感覚があったという長谷川奈々さんは、地域活動が社会とつながる手段になりました。
「ボランティアは仕事のようにやらなければいけないことが決まっている訳ではありません。他のメンバーとの和も大切にしつつ、自由にやりたいことができるのが醍醐味です」と、今では4つのボランティアを掛け持ちしています(※13)。
水泳ボランティア歴30年超の菊地湛(きよ)さんは、長年活動を続ける中でまるで親戚のような間柄の人たちができました。「活動がなければ出会わなかったかもしれない大切なつながりができた」と言います(※14)。
誰もが居場所をもてる地域へ
これまでNPO・市民活動は「社会課題を解決する活動」だと思われてきましたが、社会課題や地域課題には現実的に解決が難しいものが多数あります。
解決の困難さにモチベーションが保てなくなるといった例も聞かれます。
しかし、一緒に活動することそのものが誰かの居場所づくりにつながっているとしたら…「孤独の世紀」において市民活動や地域活動には新しい価値や役割がありそうです。
課題解決ではなく、課題に共に向き合う活動そのものが、誰かの居場所であり、薬になる。
そんな市民活動の輪を広げることで、長岡市は「誰もが居場所をもてる地域」になっていくのではないでしょうか。
<出典・参考>
※1 「人々のつながりに関する基礎調査(令和3年)」内閣官房孤独・孤立対策担当室
※2 Holt-Lunstad J, Smith TB, Layton JB. Social relationships and mortality risk: A meta-analytic review. PLoS Medicine 2010; 7(7): e1000316.
※3 Valtorta NK, et al: Heart. 2016;102:1009-16
※4 Brinkhues S, et al: BMC Public Health. 2017 Dec 19;17:955.
※5 「子供・若者の意識に関する調査」平成28(2016)年度 内閣府
※6 『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』(ノリーナ・ハーツ、2021年、ダイヤモンド社)
※7 OECD,Society at GLANCE:2005
※8 「世界人助け指数2021」チャリティーズ・エイド・ファンデーション(CAF)
※9 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(西智弘編著、2020年、学芸出版社
※10 厚生労働省令和2年度社会福祉推進事業「社会的孤立の実態・要因等に関する調査分析等研究事業報告書」2021(令和3)年4月みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社
※11 2022年3月末時点
※12 ながおか市民協働センター情報誌らこって2021年9月号
※13 ながおか市民協働センター情報誌らこって2022年3月号
※14 ながおか市民協働センター情報誌らこって2018年9月号