
長岡のまちづくりプレイヤーにスポットを当てるインタビューシリーズ。今回は、長岡市栃尾地域の一之貝集落にある「UNEHAUS(ウネハウス)」を訪ねました。
お話を伺ったのは、認定NPO法人UNEの代表理事・家老洋さんです。
UNEは、障がいのある人、高齢者、生活に困窮している人、ひきこもり状態にある人など、さまざまな人が農園芸作業や地域の仕事を通じて関わり合う場をつくっている団体です。農業、農家レストラン、どぶろくづくり、野草やクロモジの採取・加工、雪下ろしや草刈りなどの地域請負まで、活動は多岐にわたります。
その根っこにあるのは、「すべての人が、人間らしく、誇りを持って、一生安心して暮らせる地域をつくりたい」という思いです。
家老さんのインタビューはYouTubeでもお楽しみいただけます!
記事にできなかったお話もたくさん。ぜひご視聴ください。
農業、どぶろく、雪下ろしまで。多角的な活動の裏側

――本日はよろしくお願いします!まずは、認定NPO法人UNEがどのような活動をされているのか教えてください。
家老さん(以下敬称略):よろしくお願いします。
UNEは設立して15年、認定NPOになって10年になります。活動を一言で言うと、「農園を通じて、社会的に困っている方々を支援する」ことです。
ただ、15年続けてきて実感しているのは、逆に私たちが彼らに支えられてきたということですね。
――事業内容が非常に多岐にわたると伺っています。
家老:そうなんです。田んぼや畑はもちろん、よもぎやクロモジといった山に生えている野草を採取して薬用メーカーや酒蔵へ卸す「採取農業」にも力を入れています。
他にも、障がいのある方がキッチンカーで赤飯を販売したり、どぶろく造りや農家民宿、レストランの運営や、さらには冬場の雪下ろしまでしています。
今年の冬は、50軒も雪下ろしをしました。
子どもの頃の夢は「外交官」

1997年。家老さんのドイツの農業実習先で(写真提供:家老洋)
――そもそも、家老さんが農業や海外に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
家老:私の名前、洋の「洋」は「太平洋の洋」と書くんです。
私が母のお腹にいた頃、父が「青年の船」の第1回参加者として、新潟県代表で海外へ行ったんですね。その時、羽田空港から「生まれたら太平洋の“洋”を取って名付けてくれ」と手紙が母に届いたそうです。
それもあって、小さい頃から「海外へ行くのが親孝行だ」と思って育ちました。
――それで大学卒業後にドイツへ?
家老:はい。本当は外交官になりたかったので、東京大学の法学部を目指して勉強したこともありました。けれど、成績が思うように伸びず……(笑)。
体を動かすことが好きだったので、民間外交という形で世界に貢献しようと、大学では農学を専攻しました。
――青年海外協力隊を目指されたと伺いました。スムーズに夢が叶ったのでしょうか?
家老:いえ、それが私の人生、いつも問題に直面するんですよ(笑)協力隊は3回受けたのですが、3回とも落とされました。
――3回もですか!?
家老:実は学生時代に学生運動をやっていたことがあって、それが影響したようです。
当時は発展途上国、特にアフリカに行きたいと切望していたのですが、その道は閉ざされてしまいました。そんな時、大学の恩師が「これからドイツの時代だ。君、ドイツへ行きなさい」と背中を押してくれたんです。それで、ドイツの野菜農家で1年間農業実習をすることになりました。
ドイツで学んだ「直接対話」と「草の根外交」

1997年。スイスの日本人受け入れ農家で(写真提供:家老洋)
ーー1年間の実習後は、東京での勤務を経て再びドイツへ7年間行かれましたね。そこでの一番の学びは何でしたか?
家老: ヨーロッパ各地の農家を40軒ほど訪問して、日本からの農業実習生を受け入れてもらうための調整をしていましたが、一番は「直接会うことの大切さ」ですね。ある時、電話で農家の奥さんに「なんでこんな実習生を、うちに配属したんだ!」とガンガン怒られたことがありました。最初は逃げていましたが、「電話では埒が明かないから、直接お話をしましょう」と、電車を6時間乗り継いで夕飯前に突撃したんです。
ーーその農家の奥さんの反応はどうでしたか?
家老: 「お前、本当に来たのか!」と驚かれましたが、それで相手は理解してくれました。それからは何でも言える親しい関係になり「あなたのお願いなら何でも聞くよ」と言ってもらえる宝物のようなネットワークができました。嫌なことから逃げずに「突撃」することの大事さを教わりましたね。
議員生活12年と、中越地震での気づき

2004年中越地震。避難所での炊き出しの様子。(写真提供:家老洋)
ーー帰国後は市議会議員を3期12年務められました。
家老: 父が70歳で引退する際の後継として、40代で当選しました。農業土木の専門知識を活かして、田んぼの拡大や排水などの「ご用聞き」として必死に働きました。しかし、次第に議員活動の限界を感じるようになりました。
ーーその想いを決定づけたのが2004年の中越地震だったのですね。
家老: そうです。地震前には、新潟地震40年目と称して「防災キャンプ」を企画したりして「災害のエキスパート」を自負していました。地震直後も炊き出しなどで1000人分の食事を提供し、最初は「いいことをした」と思っていたんです。でも、現実は違いました。
実は、避難所にさえ来られない、孤立した人々がいたんです。
ーー具体的にはどのような方々ですか?
家老: 認知症の家族を抱えていたり、車椅子生活だったり。「周りに迷惑をかけるから」と、電気が止まった真っ暗な自宅でポツンと取り残されている人々です。行政もマスコミもそこに光を当てていない。
私は自分に対して「一体何をやってるんだ」と思いましたね。選挙で応援してくれる「自立した人々」の声ばかりに応えて、本当に困っている人のために働いていなかった。それは単なる自己満足だったのではないかと気づかされました。
54歳での議員引退と、UNEの立ち上げ

2009年市民農園の活動(写真提供:家老洋)
ーーその気づきが54歳での議員引退と、UNEの立ち上げにつながったのですね。
家老: はい。自分に力があるうちにやれることをやりたい、と。まずは信濃川の河川敷で農園芸福祉の活動を始めました。
ある障害のある子のお母さんから「雨の日も活動できる場所が欲しい」と言われ、空き家バンクで見つけたのが、ここ栃尾の一之貝集落の空き家です。当時の区長さんが「あんたみたいな人が来れば村が変わる。一生懸命応援する」と言ってくれたことが決め手でした。
――UNEの活動は、農業だけでなくどぶろく造りや雪下ろし、さらにはレストラン運営と非常に多岐にわたります。たくさんの「仕事」をつくっているのはなぜでしょうか。
家老:私は、「居場所」という言葉の捉え方が、今の社会では少し違ってきているのではないかと思うんです。
多くの人は、居場所といえば「あったかくて、カラオケがあって、コーヒーが飲める場所」といった快適な場所を想像するでしょう。
でも、そんなものは1日、2日行けば飽きてしまいます。
――家老さんが考える「本当の居場所」とは?
家老:「自分の席があり、役割があり、自分が必要とされる仕事があること」です。
仕事があれば、そこに責任が生まれます。誰かに感謝されたり、時には「何やってるんだ」と怒られたりする。そんな他者との関わりの中で、「自分はここにいていいんだ」と実感できる。それが本来の居場所のはずです。

ーー居場所に必要なのは「ケア」ではなく「仕事」ということでしょうか。
家老:はい。だからこそ「100人来たら、100人分の仕事を作る」のが私の役目です。
草取りが苦手なら、よもぎの採取がある。接客ができるならキッチンカーがある。冬になれば、高齢世帯のために雪下ろしをする仕事もあります。
福祉の現場では、安全面への配慮から、活動の範囲がどうしても限られてしまうこともあります。でも、UNEではできるだけ外に出て、汗をかいて、一緒に農作業をすることを大事にしています。
それと、私は福祉分野で使われる「利用者」という言葉があまり好きではありません。
ドイツ語に「ミットアルバイター(Mitarbeiter)」という言葉がありますが、これは「共に働く同志」という意味です。日本語で同じようないい言葉があると良いのですが、UNEでは、障がいのある方やひきこもりの方も、運営のボランティアに来てくれている方も、まとめて「市民ボランティア」と呼んで、一緒に汗を流す「仲間」として接しています。
おばあちゃんたちの「うねごはん」が育んだ連帯感

――地域の方々との関わりについても伺わせてください。
家老:拠点を構えた当初、困ったのが「食事」でした。職員3人で昼食の提供を始めたのですが、2週間で破綻しそうになって(笑)。その時、近所のおばあちゃんたち6人が「ご飯作りに手伝いに行くよ」と申し出てくれたんです。
彼女たちが交代で「うねごはん」を作ってくれるようになり、それがレストランとして営業を始めるきっかけになりました。
――おばあちゃんたちとの交流が、良い影響を与えているそうですね。
家老:おばあちゃんたちは、スタッフにも市民ボランティアにも、時には厳しく、時には温かく接してくれます。今では、彼女たちがテレビや雑誌に出ることも励みになっているみたいで、「次はどこどこの取材だ」と盛り上がっていますよ(笑)。
障害のあるなしに関係なく、多世代が「ごちゃまぜ」になって働く。おばあちゃんたちが困れば、私たちが病院へ送ったり、雪を下ろしたりする。そんな「お互い様」の連帯感が、この一之貝にはあります。
誰でも、いつでも。「来る者は拒まず」の精神で

ーー最後に、これからUNEに関わってみたいと考えている方へメッセージをお願いします。
家老: 今は特に、ひきこもりの方々の支援に力を入れています。100人来たら、100人分の仕事を作ればいい。よもぎの刈り取りでも何でも、ここでは誰にでも頼める役割があります。
資格も年齢も、障がいの有無も関係ありません。「来る者は拒まず、去る者は追わず」。まずは一度、一緒に美味しいご飯を食べに来てください。
共に汗を流し、支え合う喜びをぜひ感じてもらいたいです。
記事にできなかったお話もたくさん。ぜひご視聴ください。